スイスの自然科学系の博士課程 、”Life Science Zurich Graduate School”とは?−1
こんにちは、管理人のおもちです。
今回はスイスの自然科学分野における博士課程、"Life Science Zurich Graduate School (LSZGS)"について記述します。私が合格したのもこの大学院で、ここに所属する研究室に内定をいただきました。
スイスでの博士課程と聞いてピンとくる人はなかなかいないと思います。確かに、研究における海外留学で人気のアメリカ留学などに比べてヨーロッパはあまり知られていないことも。特にスイス留学は考えてみたこともなかった、と感じる人も多いのではないでしょうか。しかし博士課程を目指す人にとってはとても魅力的な制度が多いので、ぜひこの記事に目を通してみてくださいね。今回はLSZGSについて、2回目ではLSZGSの入試情報についてお話ししていきます。
ヨーロッパ全般の博士課程&スイスの博士課程
ヨーロッパにも多くの著名な大学&素晴らしい研究環境が揃っています。管理人が自然科学分野(主に分子生物学)専攻のため、QS World University Ranking by Subject でBiological Science分野を選択すると、世界7位にETH Zurich(スイス)、University of Copenhagen(デンマーク・21位)、EPFL(スイス・25位)・Ludwig-Maximilians-Universität München(ドイツ・26位)、Karolinska Institutet(スウェーデン・32位)、Sorbonne University(フランス・37位)と多くの大学がランクインしています。日本も自然科学系の分野で強い研究も多いですが、ヨーロッパでも間違いなく研究に励むことができるでしょう。
まずは、ヨーロッパ(主にスイス)の博士課程について、制度・授業・年数にわけてお話ししたいと思います。
<制度>
ヨーロッパは修士博士一体型のアメリカなど(北米型)とは異なり、日本と同様に修士と博士が分かれています。修士課程ではコースワークが中心で、残りの数ヶ月〜半年をラボやインターンをしながら研究に励むようです。そのため日本の方が研究を行う期間が長く、修士課程の学生が主力となるラボも多いですが、ヨーロッパの場合は博士課程の学生やポスドクが研究室の中心です。これに関してはどちらが良いとも言い切れませんが、研究に早く触れたい人にとっては日本の環境の方が望ましいのではないでしょうか。
<授業>
各大学や教授との雇用関係に依存してしまうので、一概には一概には言うことができません。博士課程では研究が主な仕事として認識されているため、どこの大学院でもあまり重い課題を課せられる事はないようです。
LSZGSではプログラムごとに、年間〇単位とる必要がある、という基準があります。個別に教授と雇用契約を結んでいる場合はまた別かもしれませんが…。とはいえ、講義内容はそれぞれのプログラムの特色ある講義の他にもメンタルヘルスやキャリアに関する講義などもあり、豊富な印象を受けました。
<年数>
国ごとによって年数はまちまちなようです。年数が定められているフランスでは3年、ドイツでは逆に年限の上限が決められていないそうで8年間かかって博士号を取った人もいたのだとか。スイスの自然科学系の博士課程は概ね4年が目安のようです。早い人では3年、長い人は5年ほどかかることもあります。
こうしてみると博士課程の仕組み自体は日本とあまり変わりませんね。北米型の博士課程と異なり、修士課程をもう一度やらずに済むという点でもメリットがあるように思えます。
さて、この後はよりスイスのプログラム型博士課程である、Life Science Zurich Graduate School(LSZGS)について掘り下げていきます。
Life Science Zurich Graduate Schoolにおける分野
LSZGSでは、16のPhDプログラムとMD-PhDプログラム1つで構成されています。500以上の研究グループが参加し、所属する博士課程の学生も約1540人と大きな組織です。LSZGSの公式HPに目を通すと、こんなにも多くのラボが参加しているのか、ということに驚きます。
実際のプログラムは以下の通り。
・Biomedical Ethics and Law – Medical Track
・Biomedicine
・Biomolecular Structure and Mechanism
・Cancer Biology
・Clinical Science
・Drug Discovery
・Ecology
・Epidemiology and Biostatistics
・Evolutionary Biology
・MD-PhD Program
・Microbiology & Immunology
・Molecular Life Sciences
・Neuroscience
・Plant Sciences
・RNA Biology
・Science and Policy
・Systems Biology
これだけでも自然科学系を網羅したプログラム編成になっていることがわかります。
修士課程での研究分野に近いプログラムを選択し、そこから興味のあるラボやPIを探すこともできますし、その逆も然りです。私の場合はプログラムを見つけてから、LSZGSの傘下にある機関であることを知りました。
給与、学費等の制度について
<給与>
日本の博士課程の学生の主な収入源は、日本学術振興会の学振(DC1, DC2)または各大学での奨学金制度、または民間の奨学金になるかと思います。DC1ですと3年間の採用期間で月額20万円、年間150万円以内の研究費が支給されます。ただ税金や保険料などもあり、実際に手元に残るお金は16.5万円ほどのようです。
さて、アメリカやヨーロッパを含め海外では博士課程の学生には基本的に給与が支払われます。ラボに受け入れが決まるとラボとの雇用関係が生じ、ラボから給料がもらえます。プログラム型の博士課程ですとこの支払い元が大学院やそれに準ずる機関になります。そのため、博士進学が決定しているけれどお金の目処がたたない、ということはまずありません。
それでは実際にスイスの大学院ではどのような基準で給与が支払われるのでしょうか?
LSZGSのサイトによると以下のような内容です。
スイス国立科学財団が定める博士課程学生の給与(現在、1年目47,040スイスフラン、2年目48,540スイスフラン、3・4年目50,040スイスフラン)に基づいて財政支援を行っています。この金額は、社会保障や税金などのために約15%が差し引かれる総額であり、強制加入の民間健康保険(選択する制度によって約250~300スイスフラン/月)は含まれないことに留意してください。この収入は、国際的な水準と比較しても十分なものであり、チューリッヒで十分な生活を送ることができます。生活費(宿泊費、健康保険、交通費、食費を含む)は、1ヶ月あたり約2,000スイスフランになります。
https://www.lifescience-graduateschool.uzh.ch/en/application/faq.html
実際に生活してみないとわからないところではありますが、税金・保険料を引くと1年目は36,000CHF(410万円〜450万円)ほどが手取りのようです。2年目と3年目には給与が上がるのも驚きです。ただ、スイスは給料は高いが物価も高いと言われています。研究費もありませんので単純比較はできませんが、それでも博士学生の待遇としては十分ではないでしょうか。(以上も底値で、ということなので研究分野によっては給与が800〜1000万円程度いくものもあるようです)
<学費>
私が内定をいただいたラボの所属する大学院では、入学金は100CHF(11,500円〜12,500円)、セメスター(学期)ごとに200CHF(23,000円〜25,000円)あり年間400CHF(46,000円〜50,000円)がかかる予定です。他の大学院でも似たり寄ったりな数字です。
日本での修士課程の大学院は国立大学でしたが、それでも博士課程の学生も年間50万円かかり、持ち上がりで進学する場合も入学料が30万円かかることを考えれば、スイス大学院での授業料は破格に思えます。国によっては博士課程では授業料が無料なこともありますし、基本的に給与があるため待遇の違いに驚きますね。
<その他>
私が応募したプログラムでは、博士課程在学中に1度、国際会議に出席する費用を全て賄ってもらえるという制度があります。日本からアメリカやヨーロッパの国へ行こうとすると大変ですが、ヨーロッパ圏内の国々であれば近場の国々へ行きやすく国際学会も頻繁に出席できるため、大きな出費の際に利用されるようです。スイスはドイツ・フランス・オーストリア・イタリア・リヒテンシュタインに囲まれており、特にドイツやフランスでは大きな学会も多いため、参加しやすいことも魅力です。
研究のスタイル
自然科学系の分野のラボでは得てして長時間労働になりがちかと思います(化学系よりはマシですが)。細胞や生体サンプルをn時間ごとに取らなければならなかったり、実験生物のお世話などで時期によっては土日祝日返上ということもあります(もちろん生物種にもよるのですが)。そして教授には夜11時にメッセージを送っても返信がくる、というようにワークホリック気味の体質の研究室も少なくありません。
しかしスイスの研究室は基本的に9時〜17時(長くて7時〜19時)で稼働しているようです。教授にメールを送っても現地時間の18時以降は返信が返ってきません。スーパーも19時には閉まってしまうところが多く、大都市の主要駅の中のスーパーくらいしか夜中に開いているところはありません。さっさと帰らないと食いっぱぐれるわけですね…。ラボメンバーに話を聞いたときは、土日祝日に来ることを要求されてはいないし来てもいない、と言われました。自動給餌機を用いて無人でも稼働できるようになっている体制もあるようです。
日本でもスイスでも、ラボごとに研究内容も異なり文化も違うと思います。ただ全体として、日本よりもシステム化に投資をして労働時間は短くしているようだと感じました。日本のように超便利な24時間営業のコンビニがないことで、帰宅するしかないというのが現実なのではないでしょうか。その分日中に効率的に業務を行う必要があるので、かなり計画的に物事を進めている人が多い印象です。
また、議論することが多いというのも特徴の1つです。日本のラボでも1週間に1度のミーティングを開く場合(少なくとも1ヶ月に1回)があるかと思いますが、スイスのラボでは1週間の中で小さなミーティングが何度もある研究室が多いです。面接時に幾つかのラボのPIと話をしましたが、最低でも週1回、そのほかに同じテーマの人とのミーティングや少人数での意見交換会をしているという話をよく聞きました。こうして実験計画を何度も微修正することで、効率的な研究ができているのかもしれません。
まとめ
“Life Science Zurich Graduate School (LSZGS)"は、自然科学分野でのスイスのプログラム型の大学院です。世界有数の大学である、ETHとUniversity of Zurichが中心となって運営されており、多国籍の学生が参加し研究を行っています。他の多くの欧州各国と同様に、スイスでも給与や休みをもらいつつ博士課程を進めることができる仕組みです。
今回は、スイスのプログラム型の博士課程であるLSZGSについて概要をお伝えしました。
次回はLSZGSの入試情報についてより詳しくお話ししたいと思います。
それでは!