研究しなかった修士の振り返り

2022年2月24日

こんにちは、管理人のおもちです。
先週無事に(?)修論発表会を終えて、お菓子作ったり掃除したりとのんびり過ごしています。研究室? ほとんど行っていないですねえ。ぐだぐだなバイオ修士なのですが、発表会も終えたことですしこの期間を振り返ろうかと思いこのタイトルをつけました。

修士で研究した…?

タイトルにもある通り、修士を振り返ってまず思うのがこれです。
私、修士課程で研究ってしたんですかね…? たぶんしてないんですよね…。

修士課程の修了要件は基本的に、「講義の必要な単位数をとっていること&修士論文の審査に通ること」です。講義は出席すればほぼ大丈夫ですから、修士で主にやるべきなのは研究です。その2年間の研究成果として修士論文を書き、修論審査にのぞみ、一定の基準をクリアしたとみなされれば晴れて学位がもらえます。

ということは、最低でも研究を行わなければ何にもならないわけですが、どうしたことか私には修士課程での研究の記憶がほとんどありません…。
記憶を探るべく、まずは振り返りをしたいと思います。

修士課程でやったこと(時系列)

修士課程は2年間なのですが、修士にあがる前には当然、学部の卒業式があります。しかしこれがコロナでなくなったところから私の大学院生活が始まります。つまり、修士の最初はコロナ禍で大学が閉鎖されたところからスタートしたのでした。そこからまるまる2年間、コロナが収束してないことを考えると特殊といえば特殊ですね。

B4の最後では海外大学院へアプライし合格したもののコロナで断念。その後は同大学の修士課程に入学し、M1の夏頃までは自宅でデータ解析に勤しみました(飽きてLINEスタンプも作ってました笑)。

夏頃に研究室に行けるようになったので、そこから実験を行い、M1の1月ごろまではそれなりに実験をしていたようです。修論をまとめる際に発掘されたデータはここでのものだったんですねえ。加えて、M1の9月か10月ごろからはビジネスプランニングのプログラムが大学で開催され、そこに参加して研修なども行いました。コロナ禍でなければアメリカに行けるはずでしたが….残念、オンラインでした。

私は博士課程進学を頭の隅には置きつつ、全体の流れにのってM1の秋頃から就活をしていました。就活のピークは大体M1の2月、3月ごろだったと思います。M2になって4月ごろからは海外の博士課程への進学をもう一度考え始め、アプライの準備を行いました。ここらへんで一度進路に迷いすぎて病んでいましたね…。就活は7月に面接を終えてそこでストップし、アプライしたスイスの博士課程の面接に頭を切り替えました。

7月ごろは比較的落ち着いていたので実験をしています。しかし9月には博士課程の面接があり、その後スイスでの対面面接もあったのでかなりキツかったです。M2の9月〜11月頭までは正直全く研究のことは忘れていました。一応11月初旬に国内の小さな学会には参加しましたが。その後11月後半になると修論の話が持ち上がり、あれ?と思う間に修論発表まで終えていた、という次第です。

修士での経験/成果(?)をまとめると、
・奨学財団の奨学生となった(学部時代の成績を振り回して通った)
・ビジネスプランニングに関する大学のプログラムを1年半行った
・就活を半年間行った
・就活の途中で博士進学を再検討し、半年かけて海外大学院の博士課程に合格した
・全体を通してちょくちょく研究し、修論発表を終えた
・国内の超小規模学会に参加した
ということが修士課程での出来事です。う〜ん、研究してない!笑

やはり研究に関して言えば、実働月数はおよそ7ヶ月という脅威の怠慢な修士学生でした。記憶から研究が抹消されているのも分かる気がしますね。
私の中での修士課程でのウェイトは、進路決め(就活&博士アプライ)>>>ビジネスプランニング≧研究でした。博士進学するやつが研究やらなくてどうする、とは自分が一番思っています….。修士での反省を元に、自分の目標に向かって研究に邁進します。

それでも修論作成&修論発表会は乗り切った

こんなダメ修士でも、修論作成と審査会は乗り切れます。
いくつかここがポイントだったかな、と思う部分があったのでそれを記載したいと思います。

ちなみに、私の大学の修士課程での学位論文審査基準は下記の通りになっています。

修士及び専門職学位の学位論文の審査基準は、次のとおりとする。
(1) 学位論文が、先行研究を理解した上で、適切なテーマ及び研究手法を選択し、学術的な調査、分析及び結果提示を行っていること。
(2) 学位論文が、学術的意義、新規性、創造性及び有用性を有していること。
(3) 前2号に掲げるもののほか、学位論文が、別に定める学位授与の方針に基づく観点に合致していること

基準がわかったところであまり助けにならないので、この基準をクリアするために必要そうなことを書きます。

データが少しでもあるか

まずデータです。なんといってもデータでしょう。

データ=なんらかの実験をした(作業をした)ということです。あるとないとでは天と地ほどの差があります。あまりに小さいことでも結果がクソでも、データさえあれば先生たちの心象はマシです。ついでにそこから方法や結果を記述できれば審査基準の(1)はクリアできそうです。修士号が頑張ったで賞と言われているのはこの辺りですね…。

ちなみに、修士課程でほとんど研究室に現れなかった同期が最もつまずいていた部分はここです。解析系の研究室ならともかく、私の研究室のように実際の作業が必要なwet系のラボでは研究室に現れないことはデータがないことに直結します。そうすると、修論を構成しようにも材料がないのでどうにも助けられないです。市販のチョコ溶かして固めるだけで手作りチョコとしては成立するのに、肝心の市販のチョコすら手元にないってやつです。例えがおかしいですかね…。とにかく、なんとか修了させようとしてくれる試みに対して、データがないのでお手上げです、という事態だけは避けましょう。

指導教官の性格および教官との関係性

指導教官との関係性はとても大事です。すごく成果を出している学生が、ラボ内での人間関係、特に指導教官と合わずに辞めていったり潰れてしまったりするのは悲劇だと思います。一方で、ほぼなんの成果もない学生でも、指導教官が修了させてあげようと奮闘する研究室もあります。

研究室は閉鎖的な環境の、数年単位で人が入れ替わる超零細企業なので指導教官(=社長)の性格によってその雰囲気は大きく異なります。私のように研究以外にもあちらこちら動き回る奔放な人間や、研究はお手上げだけど修士にあがっちゃったという学生にとってはさらに死活問題なので、指導教官がどんな人なのかを見極めることは何より重要です。指導教員によってはあまりに研究をしない学生を完全に放置することもありますし、その場合は修論でサポートしてくれることは稀です。また、研究以外についてノータッチという場合(書類面でのサポートが薄いなど)も、学生側としては困った事態になりやすいと思います。

また、教官といえどどうしても人間同士のやり取りなので、合う/合わないは存在します。独立して研究したいと思う学生が教官の意向が強い研究室に入るとやりづらいでしょうし、もっと関与してほしいと思う学生が放置系研究室に入ると不満を強めることになります。入ってみないとわからないことも多いですが、相手のスタイルを理解し、自分のスタイルも知ってもらうことは摩擦を軽減する一つの手立てです。ある程度人間性がきちんとしている先生であれば、それなりに対応してくれるはずです。本当に人として拙い指導教官の場合もあるので、その時は躊躇わず外部に助けを求めてください。

私の場合は指導教官との個別のミーティングの際に、研究だけでなく進路や奨学金に関する支援のお願いなどをしていました。先生としては非常に手のかかる学生だったとは思いますが、学生側としては多方向でサポートを受けられることが何よりありがたかったです。自分の状況や考えていることを伝えて、なんだかんだと絆されてくれて必要な支援をしてくれることを祈りましょう。

もう一度修士課程をやるなら

2年間のうち1年間は講義があり、就活もあり、時間がないというのは事実だと思いますが、もう少しどうにかならなかったものかなあとも考えます。

私の場合、修士課程での内容を大きく分けると研究・進路決め・ビジネスプランニングという内訳でした。この中で最も時間と労力を費やしたのは進路決めでした。就活を早めに切り上げて博士課程進学を決めていれば、まだ研究に割く力があったと思います。しかしそれには、就活で悩みに悩んだあの思考が必要であり、それがなければ博士進学はなかったです。ただ、最初の方の甘すぎる自己分析に基づいた、インターンおよび面接は振り返れば不要でした。しかしそれを含めて自分の決断につながったと考えるなら、それはそれで経験になったのだろうと納得するしかないです。

過去を振り返ってもし、を考える不毛さといったらないのでここで止めます。考えはしましたが、もう一度やり直しても同じ道になる気がしたので、一日一日自分に向き合って動いていくことが大事だ、と結論づけておこうと思います。

修士課程での反省と博士課程での展望

修士課程ではあまりにも研究に時間と労力を割かなすぎたため、博士学生として研究に打ち込もう、とワクワクしています。博士課程で研究に励むことは当然ですしね…。

しかし私の性格上、研究に大きなウェイトを持つことは可能でも他のことにも手を出しそうな予感があります。すでにやってみたいこともいくつかあるので、理想の割合を保っていくために大事そうなことを書き留めたいと思います。

1. 「ラボに行く→研究活動をする、ラボから離れる→研究以外をする」

修士課程の反省として、研究活動とそれ以外の時間が入れ子状になってしまったことが挙げられます。そうすると常に何かしら動いてはいるので、研究で何も進んでいなくてもやっている感が出てしまいました。もちろん研究方面での成果がないので困ったことになります。その事態を避けるためにラボでの活動とそれ以外をはっきり分けてしまおう、と思っています。

ラボにいる時間は研究活動のみ。逆に、ラボから離れた時間は研究活動をせずに研究以外のことをします。
私の今までのスタイルからすると、ラボから離れたときに研究活動をしないことは非常に怖いです。しかし、効率的にインプット&アウトプットを行うためにも時間の制約をつけることは重要です。そしてスイスでは土日祝日に研究室に人がいることはほぼなく、平日も8時〜18時(またはそれより短い)で動くため、場所の制約=時間の制約になります。この環境をうまく使えれば、このスタイルを継続できるのではないかと考えています。(無理だったらまた記述します笑)

2. 「研究活動に責任を持つ、他の活動は(自分ごとなら)気分次第で動く」

恥を晒すようですが、修士の間は研究活動に責任を負ったことはありませんでした。やらなくてもそのダメージは自分にしか返ってこず、仮に成果が出なかったとしても咎められることはなかったです。

しかし博士課程に進学し、かつ給与をもらうとなると当然自分の研究活動に対する責任が生じます。ラボ側は在籍する博士学生が出す成果に対して報酬を支払っています。会社と異なり自分の作業進度が周りへ直接的に影響を及ぼしたり影響が広範囲だったりするわけではないですが、その分自分自身で自分を律して進めていく必要があるはずです。

実のところ、修士の間は気分がノらないが故に研究を休んだり遊びにいったりしていました。しかし博士課程で出る給与の意味を考え、成果を出すことを期待されておりそれに応える必要があるということを肝に銘じて研究活動に勤しんでいきます。

逆に、他の活動は自分で選択して行うことであり、誰かから報酬をもらったり約束していたりするわけではないのであれば完全に個人の自由であると理解しています。私の場合はお菓子作りや語学学習、読書やブログなどですね。これに関しては縛りを設けずに、やりたいと思ったときにガッツリやる、という方向でメリハリをつけたいと思います。なんでもかんでもやろうとしてガチガチにルールを作るとしんどいですしね。

3. 「興味が惹かれることはとりあえずやってみる」

せっかくスイスにいるのであれば、日本ではみられないもの/できないことをやってみたいという気持ちは人並みにあります。特に「人生を豊かに生きるとはどういうことなのか」を考えるのは私の人生の一大テーマです。スイスではこのテーマに沿うような物事や活動に触れることができるのではないかと思い、楽しみにしています。

興味が湧いたときに一番厄介なのは、「いやでも….」とか「今はいいか」という現状維持に働く力なんですよね。心が動いてもその位置が簡単に元に戻ってしまうので、そうならないように思い立ったら即行動を徹底しようと思います。自分が元の位置に甘んじられるような、都合のいい言い訳の封じ込めです。

まあ、それでも疲れたときには、毛布を被りながら体育座りで死んだようにネットサーフィンをするのが最も心が回復するのが私です笑。そういう時は無理せず回復するまで待ちます。心身ともに体力があるときにこそ興味も湧くと思っているので、元気な時に楽しめれば満足です。

おわりに

修士課程を振り返ると、見事に研究していなかったなあという感想でした。こんな怠慢な修士学生でも、とりあえず修論審査までは終わっています。スイスの博士課程に合格したのは周りの人と運のおかげとしか言いようがないですが、ここまで来たからには踏ん張りましょう。

しかし今日時点でまだ修論審査を通ったかどうかの連絡が来ていないのがめちゃくちゃ面白いですね…。本当に大丈夫なんでしょうか()。修了できなかったらお手上げですね。

博士課程進学を決めた過程に関して興味のある方はこちらスイスの博士課程プログラムについて知りたい方はこちらの記事を見てくださいね。
それではまた!